母屋へ戻るや家中にカギをかけ、電気もつけずにひたすら泣いた。いつもは笑えるバラエティー番組もその日だけは笑えず、代わりに心ひいたのは、『リストカット症候群』をテーマにした情報番組だった。番組で紹介されていた少女は他界したというが、少女が生前おかれていた環境は自身と重なる点も多く、私は感情移入するうちに、自分も切ってみたい衝動に襲われた。
 その晩は泣き疲れて眠りにつき、翌朝には普段どおりのはずだった。
 だが、現実は…
 「忍! お前はあんな事していいと思っているのか。何様のつもりだ。憎くてああいう事をしたのか。何とか言え!!」
 早朝6時、階段下で怒鳴る祖母の声に目が覚める。私はすぐにそれが昨夜の事だと理解出来た。
 ドスンドスンと地響きをたてながら、だんだん足音が近付いてくる。鋭い視線でにらみつける祖母に、長時間向き合って誤解を解く勇気のないまま、「違う」と一言、私は外に逃げ出した。
 それまで何度も玄関にカギをかけては、祖母の母屋への侵入を阻止する事で恐れをアピールしてきたが、傷心からの権力低下はことごとく失敗に終わった。逆に、やればやるほど怒りをかい、祖母の態度を改めさせるだけに、ストレートに『家庭内暴力』というわけにもいかず、今度も「憎い」に対し否定した事が、祖母を益々つけあがらせる結果を招く。
 あの後、1時間ほど台所裏に身を潜めてから、恐る恐る自室に戻ったが、ウトウトするたび、真下の部屋で祖母が大音量で踊りの練習を始めるので、安心して寝つけなかった。
 そして午後になり、ようやく下も静かになって、少しだけ心も落ちつきを取り戻した頃、再び階段下の怒声に、私は散歩に行く母に付き添うよう命令される。
 「これがお前の仕事だ。ウチにいるのに何もしないのは許さないぞ!!」
 以前にも、祖母に「お前は夕飯の支度だけしてればいいと思っているのか!!」と言われた事があった。何もしないんじゃなく、何かしても認めてもらえないのだ。掃除・洗濯・アイロン・穴のあいたズボンの補修…中退後、自ら進んで始めた行動は、家族にとって、私は家政婦なのだからそれをするのは当たり前という感覚になっていた。