こうなるともう、ストレスを想像のみで発散させるのには限度を超えていて、いよいよ人や物に危害を与える可能性が出てきた。
 そうして最初の被害がリモコンで、テレビに夢中な母の後ろ姿を睨みつけながら、テーブルにガンガン叩きつけたり、祖母に魚を冷蔵庫にしまうよう言われ、魚の目が怖くて断り「役に立たない奴だ」と怒鳴られた時は、中身が四方に飛び散るほど、床に強く投げつけた。
 それでも治まらず、次に手にしたのが電話帳で、猫や赤ん坊のような、投げたらそれなりに手応えがある物をと選んだ。何度も何度も床に叩きつけて、ぶ厚い電話帳がボロボロになっても、その日のうちに新たなストレスが追加されて、ちっともイライラから解放されない。わざと雑に扱っては、結果的に皿を何枚も割った。ガラスも割れた。
 母は「飲み込みにくい」と言いだし、病院で検査を受けるも異常なし。
 けれど、秋から冬にかけてもそれは続き、次第に体は栄養失調のようにやつれてきて、あの驚異的な回復が全て夢だったかのように、今じゃ1日の3分の2以上は寝ている。夕飯後、私が自室にさっさと戻るようになったのをいい事に、テレビも居眠りもし放題で、母は昼夜逆転を起こしていた。日に3度飲む事になっている薬は、夜中3時に寝て翌夕方か夜に起きてくるという具合なので、おのずと薬は日に1度となり、例え2回飲んだとしても、昼の分は夜に、夜の分は夜中にと、食事も殆ど手を付けようとはしなかった。
 肉、野菜、お粥さえも「硬い」と言って食べず、イライラを必死で抑え、あえて優しく注意してもケラケラ笑うだけ。言っても聞かないから、軽くポンッと頬を叩いてやれば、

 「あんたなんか、ウチにいなくてもいいんだから…出て行け!!」

 祖母にも同じような事を言われた。
 私はこの家には必要ない、いらない子なんだ…
 家出したって、金がなければ頼れる友達もいない。何も言わず私が消えて戻らなければ、家族は心配してくれるだろうか?……愛情を試すため、短期失踪を考える。
 そうして出かけた近くの公園で、私は私をずっと前から知るという気味の悪い男に出会った。