宿に到着して2時間。友達もいなければ、担任にも声をかけられない。「どうしたの?」と聞かれれば答えられるが、自分からは言えないのが私の欠点だった。第一、桔梗の読み方がわからなければ、「きつべん?」なんて誰にも聞けない…
 すがるようにかけた自宅への電話は泣き言ばかりで、それを若い男性の副担任に聞かれ、みっともなくて今すぐ消えてしまいたかった。
 あてもなく、廊下のソファーでうつむいていると、今度は内山が話しかけてきた。
 「あれっ? 笹生さん、まだカバン置いてないの?」
 それは心配というより、呆れたといった方が正しい。
 彼女は「1人余裕のある部屋があるから」と、向かいの部屋を紹介してくれた。そして去り際、ポツリとこんな言葉を呟いた。

 「自分で話しかければいいのに…黙ってれば誰か話しかけてくれると思ってんじゃないの?」

 普段から気にしていただけにショックだった。…と同時に、私を「笹生さん」と呼んだ彼女が、かつての憎いクラスメイト達に重なって見えた。
 集団風呂への恥じらいは、外部に設置されたシャワールームが解決してくれたものの、風呂から戻れば部屋にはカギがかかって中に入れない。その存在を忘れられたかのようだった。堪えようにも涙がこぼれ落ちてきて、私は動揺した姿を見られぬよう、ドアが開く前にその場から走って逃げた。
 外は激しい雷雨の中、廊下のソファーに横たわって、時折、自販機にのんきにビールなんかを買いに来る生徒を横目に、雷が落ちるたび、「やれやれ、もっとやっちまえ!」と、破滅を願う。
 そこに、さっきの副担任が現れ、私に従業員用の仮眠室を1人部屋として与えてくれた。絶対、人前では泣かないと平常心を装っていたのに、彼の前では2度も泣いて、男として見たら全然タイプじゃないのに、体は異性として彼を意識している。その気持ち悪いほどの胸の高鳴りに嫌悪を覚えた。
 泣いても泣いても涙が止まらない。テレビを見たり、部屋の明かりをつける気にも全くなれず、雨音を聞きながら膝を抱えてシクシク泣いた。五感に感じる事全てが不快で、こんな時は耳も目もいらないとさえ思う。頭の中にハエがいるような、脳みそをグチャグチャにかき回されてるような感覚が、どうにも気持ち悪くてしょうがない。