同じ経験が以前にもあった。
 小学生の頃、千秋を一目見て祖母が、
 「何かあの子、汚らしいなぁ…おばぁちゃん、あの子は好きじゃないな」
 ゴミ捨て場にホームレスがいれば、
 「ほら、こじきがいる。見てみな!」
 聞いてると、自分も誰かにそんな風に言われているんじゃないかと不安になる。
 友達を悪く言われた事がショックだった。
 ━━家出したい…
 急にそんな想いにかられ、パジャマ姿のまま衝動的に家を飛び出した。今はただ悲しくて、泣きたくて、しばらく外に出て1人になりたかった。
 こんな服装じゃそう遠くへ行けるはずもなく、とりあえず、民家の少ない細道歩いてはみたが、先へ進むほど街灯はなく、カエルの鳴き声響くその道を行くには、ためらいも感じる。
 「キャッ!!」
 素足のサンダルに何かが触れた。
 仕方なく、行きと同じ道をゆっくり歩いて帰ると、家まで残り数十メートルの所で母と加代が私を捜しているのが見えた。慌てて逃げるも、どんくさい私はすぐに捕まってしまう。…初めての家出は幕を閉じた。

 そして後に、母の言葉が正しかったと証明される事件が発生する。

 それは某通信販売の注文を書いていた日の事で、昼食後、突然、加代が「帰る」と1人2階へ荷物を取りに行った直後に判明した。ついさっき、彼女の目の前で財布の中身を確認した時より、千円札が数枚減っている。この間、1時間。部屋に入ったのも、財布の在処を知るのも、私と彼女以外に誰もいない。
 その後も加代が来るたびに次々と物が消え、彼女が欲しがっていた本や商品券、現金、ついには財布まで盗まれてしまった。
 私は玄関にカギをかけ、自分の家のように平然と上がり込む彼女を阻止しようと試みるも、あっさり裏口から侵入され失敗。そこで今度は家族に協力してもらい、玄関先でそれを阻止する事に成功した。
 おかげでその日は安眠出来たが、加代の方は家も学校も拒み、さんざん泣き続けたようで、しかしながら、監視役の祖母が出かけ、私が起きてきた頃には、テレビを見ながら市外通話と好き放題で、その顔に反省の色はない。「ちょっと可哀想な事をしたかな?」と、一瞬でも思った自分を後悔した。