私は千波が犯人だと思いながらも、自分の記憶が間違いであってほしいと願い続けた。
 だが、教室にそれはなく、盗まれたショック以上に「今日1日、筆記用具なしでどうしよう」とパニック状態に襲われる。借りる友達はいない。里奈を頼ろうにも、自分の教室以外には何となく入りづらい。こんな時は黙って廊下に立って相手が気付くまで待つしかないが、里奈がいっこうに気付く気配はなく、その日はたまたま教科書を借りに来た花子に鉛筆を借りるも、私には新たに筆記用具を買う金など残っていなかった。こうなったら、意地でも家中の筆記類をかき集める他なさそうだ。
 そうして、短い鉛筆数本と赤のボールペン、赤の油性ペン(マッキー)、親指爪ほどの小さな消しゴムをどうにか探し出し、筆箱がないままカバンに無造作に詰め込んだ。
 ところが、ボールペンはインクが出ず、こんな日に限って隣席の男子生徒と小テストの採点をする事になる。私はいつものように表向き平常心を装いながら、代わりに油性ペンを使おうと考えるが、彼の反応を思うとなかなか実行出来ずにいた。
 「おい!! 丸つけろよ」
 「マッキーで丸つけんなよ!!」
 そうやって彼が大声を出すもんだから、さすがに教師も気付いて、筆記用具がない事を皆に知られてしまった。
 そしてその事で、別の日、英語教師は私にこんな質問をする。
 「How many pencils do you have?(あなたは鉛筆をいくつ持っていますか?)」
 …あの子はシャーペンも買えないような貧乏人だと、バカにされた気分だった。

当時、同じ班だった清・悦子・蛍・貴明・良介のうち、清は同じ係りだった事もあって何度か話をしたが、小柄でおとなしい彼が私にだけ積極的だった事を思うと、下の人間に見られていた気がする。悦子は皆と同じように私を「クサソウ」と呼び、一見、マジメに見える蛍も知人には私の悪口を言っていたらしい。
 良介には文化祭の『ちぎり絵』で折り紙をちぎっていた際、「鼻息で飛ばさないように」と注意された事で、私は呼吸さえ恥ずかしいと意識するようになった。以来、マラソンでも何でも人が近くに来ると息を止めたり、鼻の代わりに口呼吸ばかりして「ため息」と誤解されるに至る。