顔を濯いだ後、俺は砂時計を三回返して保健室を出た。
足音が寂しげに廊下に響く。教室の色々な臭い。机の横からぺたんこの鞄を取り、一度だけ窓の外を見る。
何て事ない、ごく普通の景色。だから一度だけ。
現実に非現実を少しだけ着色する為に、耳をイヤホンで塞ぐ。
失恋に悲しむ奴。友情を語る奴。社会に反発する奴。家族を想う奴。
音と言葉をべらべらと。
よっ、この聞き上手。
「それほどでも」
昇降口で靴を履き替え、校舎を後にする。
柔らかい陽と風のお出迎え。
ソメイヨシノが並ぶ一本道を、我が物顔で歩いてみた。
桃色の絨毯(じゅうたん)なんて品物じゃないが、汚れた桜を踏み歩くのも悪くない。
深い意味はないけどね。
すると背後から力弱く肩を叩かれた。俺はびくりと肩を弾ませ、ちらりと覗く。
「あ、ごめん。驚いたよね」
「いや、はは、まさか」
そこには門脇優花がいた。
ふと豪の言葉が脳裏をよぎる。
「お前、あいつの何」「あいつはそうは思ってない」
おいおい、俺は何を期待してるんだ。良かっただろ。門脇優花で。
イヤホンを外し、振り返る。
平常心。平常心。
戻れ、顔。
「どうしたの」
「帰ろうとしたらね、前に春海君がいたから。早歩きしちゃった」
「…な、なら途中まで帰るか」
「へへ、うん」
小さな手で鞄のひもをきゅっと握る門脇優花。
ひらひらと落ちる桜の葉を見送り、再び歩き始める。二人並んで。
