『喜べ弟よ!』

「兄貴、声落として」

電話越しに鼓膜を激しく震わせる大声に、有馬は顔をしかめた。

『お兄様が素晴らしい物件を探してきてやったぞ!』

「は? もうオレ自分で契約してるんだけど。この前話したよね。あとうるさいって」

『そんなボロアパートは明日にも解約しろ!』

「見てもないくせに……。ていうか、違約金とか色々かかるんだけど」

言いながら、有馬は携帯を耳から遠ざけた。

このままでは鼓膜を破られかねない。

『イヤク菌? 環! お前何か病気にでもかかったのか!?』

「……とても社会人とは思えない発言だね」

『おい、環! 大丈夫なのか! まさか命に関わる病気じゃないだろうな!』

「うん、大丈夫元気だよ……。むしろオレは兄貴の方が心配だ」

兄と話していると、彼の上司がかわいそうに思えてくる。

きっと噛み合わない会話と無駄に大きな声に、日々悩まされていることだろう。

心中お察しする。

『それならいいんだ。とにかく! もう不動産とは話をつけてあるから、後で詳しい事はファックスで送るな!』

「いや、ちょっと待っ……切れたし」

無情にも鳴り響く機械音に、有馬は舌打ちした。

兄貴の無茶苦茶に対抗する術がないことは、十分すぎる程に分かっていた。