初めて見た。笑った顔。
「っ…うっせーな!笑ってねーよ!」
「いや笑った!ばっちり見た!」
「うるせーうるせーうるせー!」
真っ赤な顔をして叫び出したから私はそれを止めるために少し大きめに声を出した。
「笑った方がいいよ」
ピタリと相手の動きが止まる。
「せっかくの綺麗な顔が、仏頂面してるんじゃ台無しでしょ?」
ずっと前から思っていた。眉間に皺寄せて、口角は下がってて、
勿体無いって、心の中で思ってた。
「ほら、ここ。力抜いてみなよ」
人差し指で、相手の眉間に触れた。
すると、へにゃっと眉が下がったかと思いきや再び真っ赤な顔をして相手が後ずさった。
あ、また眉間が戻った。
「なっ、お、おまっ」
「何」
「…っ女!おおお俺に気安く触るんじゃねえ!」
「触るったって、人差し指で触れただけでしょ…」
何を言ってるんだろうこの人……と、私は半ばおかしく思ったけど、それよりも気になることが一つ。
「…私」
「あ?」
「私、女って名前じゃないよ」
じっと相手を見つめた。
「私は紫苑って言うの。ちゃんと名前で呼んでね」
「……はっ、テメェなんかクソ女でじゅうぶ」
相手の言葉の途中に立ち上がり、遮るように私から言葉を発した。
「紫苑だよ、凛」
フッと小さく笑って、強く吹いた風が髪を流れさせるのを手で押さえながら、未だ座る相手を見て呟いた。
「…梅ばぁちゃんの家に帰ろう、凛」
目の前にある大木が、一層強く輝いた気がした。
