地元を離れて暮らすこの土地も、一年で随分と慣れたが、やはり夜道にはまだ慣れない。
亜子のマンションが大学から少し離れているところにも問題はあった。
大学付近の家を選んだ友人が多かったのだ。

それでもこのマンションは気に入っている。
綺麗だし、キッチンやお風呂もなかなかに広い。

ぴちゃぴちゃと音をたてながら家路を急ぐと、マンションの前に小さな黒い影。
まん丸い二つのミラーみたいなものがキラリと光った。


「…くろ?」


にゃーお。


そう言って私に返事を返したのは、やはり黒猫のクロだった。
どこの猫かなんて分からない。
綺麗な毛並みをした黒い猫。片耳に傷があるけど、それを欠いてもどこかのお金持ちにでも飼われていそうな、利口な顔立ちをしている。
目の色も吸い込まれそうなほどの漆黒。

半年ほど前にバイト帰りに見かけて、あんまりにもお腹をすかせていたようだったからエサを買ってあげたのがきっかけ。
それからも週に一度は顔を出すクロに、こっそりエサを与えている。
黒猫だから、私はクロと呼んでいるけれど、実際どこで暮らしているどんな名前の猫なのかは知らない。