「亜子ってば、本当に俺のこと分かんないんだね」
また少し距離をとって、しゅんとしながら急にそんなことを言ってのける。
本当に私が忘れてるんじゃないかって疑うくらいに落ち込み始めた。
そうだ、名前聞けばはっきりするんじゃない。
「あの、名前は…?」
「…名前?って、本名?」
「え、当たり前じゃないの!」
「本名は、ヨウだけど…でも、皆いろんな風に呼ぶからなぁ…。亜子は俺のこと、クロって呼んでた。」
「へぇ…クロって言えば…。
ん?え、なに、クロ?ってそのー…ううん、クロって呼んでる猫なら知ってるけど、あなたみたいな人は知らない。…うん、分かりません」
一瞬まさか、という顔をした亜子は、ありえないと頭を振り馬鹿らしくなってマンションに逃げ込もうとした。
まさかそんな御伽話のようなこと、起きるはずがない。
嫌ないたずらだ。
「待ってってば!」
ぎゅっと腕を捕まれて振り返ると、懇願するように見つめられていて、はっと息を呑んだ。
「は、離してよ…」
「嫌だ、絶対離さない。離したら亜子は、きっと無かったことにするから」
もしかしたら目が合った時から分かってたのかもしれない。
でも現実に起こりうるはずがないじゃないの。
信じられるわけないじゃない、猫が人間になるなんて。
