山荒の鳴く夜

平助が声をかけて、しばらくして。

足音がした。

砂利を踏み締める音。

一歩一歩、足元を確かめるようにゆっくりと。

路地の影が少しずつ動いている。

椿が腰を落として足場を踏み締めた。

やや前傾姿勢。

いつでも斬りかかれる体勢だ。

そんな彼女の前に。

「っ…!」

確かにそれは現れた。

黒い体毛、裂けた口に生え揃う鋸のような牙、爛々と赤く輝く眼、背面から伸びた無数の長い針。

この国のどこでも見た事がない二足歩行の奇怪な獣が、グルルルル…と喉を鳴らして椿達を見ていた。