山荒の鳴く夜

平助が、椿が。

物言わぬまま愛刀に手をかける。

いつでも抜刀できるように柄に手をかけたまま、その影から目を離さない。

距離は離れている。

一足飛びに襲いかかれる距離ではない。

但しそれは『人間』の場合だ。

相手が獣ならば、或いは一気に襲撃できるかもしれない。

人外ならば尚更だ。

「よぉ」

平助が路地に隠れる陰に対して声をかける。

「お前さんは覚えていねぇだろうが、一年前は世話になったな…お陰で俺ぁ命拾いさせてもらった」

口調こそ穏やかだが、言葉には油断のなさが聞き取れる。

「どうだい、命の恩人のツラを拝ませちゃあくれねぇか。えぇ?『山荒』さんよ」