山荒の鳴く夜

桂に一礼して、大萩屋の奥座敷から出る頃。

「!」

一般客のいる店内は騒ぎになっていた。

椿を奥座敷へと案内した備後鈍りの男が、床に仰向けに倒れている。

その傍らに立つのは、薄汚れた着物姿の男。

つり上がった細目、口元には八重歯が覗き、ボサボサ頭の痩躯。

男は椿の姿を見とめるなり、ニヤリと笑む。

「……」

無言で愛刀の柄に手をかける椿。

幕府方の密偵か。

それにしてはこの男、帯刀していない。

倒れている備後訛りの男も、刀傷は受けていないようだ。

となるとこの男、無手で彼を倒したのか…?