慶応四年(1868年)。

動乱の趨勢は、ほぼ維新志士側に傾きつつあった。

戊辰戦争が始まり、圧倒的な戦力を誇る維新志士によって、幕府軍は北へ北へと追いやられていく。

京都に残るのは志士側の勢力と、逃げ遅れた幕府側の一部のみ。

志士達が幕府の残党を狩り、幕府側は志士達の追っ手に脅えながら暗がりに忍んで暮らす、そんな日々。

…そんな中、椿は一軒の店に足を運んでいた。

『大萩屋』

長州藩の志士が京都の潜伏先として使っている小料理屋である。

「失礼致します」

店の引き戸を開け、椿は店内に入る。

「高遠 椿、呼び出しに応じて参りました」

「おお、よぅ来たのぅ。無事にやっとるか?」

店内の座敷で茶を啜っていた同じ長州派の志士の男が言う。

備後国(現在の広島県の概ね東半分)出身らしく、訛りがあった。