魔王様はボク


願い?
…そんなのあったかな。

今に満足しているわけではない。
かといって不満があるわけでもない。

こんなボクの願い?


「…キミはここではないどこかに行きたいと願ったのではないかニャ?」


おや?
そういえばそう思った気がする。

忘れてたよ。
…嘘だけど。
本当は覚えてた。

真に願ったことだから。

自分を知らない人ばかりの世界に行って、全てをやり直したかった。

ここで生きるのは確かに楽しい。
でも生きているだけで苦しい。

もう何が何やら分からない。

表情はまだ大丈夫だけど、心はもう動きたくないと自己主張する。

ボクは此処で生き過ぎた。

なんてね。
まだ十余年しか生きてないよ。

でもそれは、ボクに逃避願望を植え付けるには十分な時間だった。


「どうかニャ?ニャーに任せてみないかニャ?キミを此処とは全然違う場所に連れて行ってみせるニャ。」


非現実過ぎる願いだと諦めてた。
いや、今すでに非現実なんだけどさ。

そういやこの願い叶え屋さんは無料かしら?

高額のお金とか請求されたりして。
残念!ボクの全財産は832円だ!!

なんて思考で遊んでる場合じゃなかった。

まさかのリスクなしではないよね。
そんなに世の中甘くない。


「ただし、もう2度とここには戻れないニャ。親姉妹とも、もう2度と会えないニャ。」

やっぱりそんなものだよね。
どちらもという選択肢はたいがい選べない。

一つ選べば一つを無くす。
何かの代わりに何かを。

なんだっけこういうの。

等価交換?
等値交換?

…前者だったような気がする。

国語は得意なはずなのに、頭が上手く回らない。

意外とこの状況に動揺してるのかもしれない。
非現実に会うのは初めてだからかな。

違う。
どちらかというと、獲物が取れなくて空腹だった肉食動物が、観光客に餌を貰ったときみたいな。
無理だと思っても自分が望み続けてたものを目の前にぽんっと出されたときの感覚。

…あれ?
なんかおかしい例えが出たぞ?

猫は中々言葉を発しないボクを、悩んでいると思ったらしい。

ボクの言葉を待たず、再び口を開いた。