「うん、今回も薬出しておくからきちんと飲んでね。」


先生は自身の髭を弄りながら、いつも通りに微笑んでいる。

ここに来ると毎回薬を出される。
カプセルなのが唯一の救い。

なんで薬を飲むんだ?
記憶喪失って薬で治んないだろ。
第一精神科って時点で間違っている気がする。


「先生、薬を飲む理由を教えて下さい。」


ちょっとばかり端的過ぎたようだ。

先生はきょとんとした顔をしたが、すぐにいつもの微笑みを浮かべた。


「君を守るためだよ。」


まったくもって意味が分からない。


「記憶が戻る時までに、君の心を強くしてるんだ。じゃないとその時君が、壊れてしまうからね。」


記憶が戻ったら心が壊れる?
ボクに起こったのは交通事故らしい。
周りがそう言っていた。
その時のショックってことかな。
でも心って薬で強くなるものなのか?
物質じゃないのに、物質で強く出来るものだろうか。
もしかして。


「先生、子供だと思って誤魔化してます?」

「いやいやまさか。」


先生はサンタのように、ふぉっふぉっと笑った。


「じゃあ、もう少し具体的に教えてください。」


「君がもっと大人になったらね。」


やっぱり子供だと思ってるんじゃないか。

先生はボクのふくれ顔に気づいたのか、慌てて言葉を続けた。


「体じゃないよ。精神の話。」


「ボク精神年齢は高い方ですが。」


なにせアダルトチルドレンもどきですから。
精神年齢診断はいつも自分の年の三倍です。


「そうだろうね。でももっとだよ。もっと大人になったら、もっと強くなったらね。」


これは何を言っても教えてくれなさそうだ。
大人しく退室しよう。

ボクは座っていたイスから立ち上がり、ドアへと向かった。
そしてドアノブに手をかけ、引いた。


「薬は一日も欠かさずに飲んでね。もし飲まなければ大変なことになるから。」


何が大変かなんて教えてくれないんだろうな。

背中にかけられた言葉に心で反応しながら、ボクは失礼しますと口ずさみながら部屋を後にした。

手を離したドアが、悲しくパタンと音を立てた。