ドゴォという凄まじい音が目の前で弾けた。
熊のもさりとした硬い毛の感触が一瞬だけ拳に触れる。
まるでぬいぐるみのように熊は軽く宙を舞い、二メートル程離れたところに、重い音をたてて落ちた。
その衝撃によって砂埃が舞う。
そんな砂の空気の中で、熊は動かなくなった。
一瞬何が起こったのか分からない。
いざとなったら何度もパンチして、弱った頃に逃げるつもりだったのに。
モンスターを狩るハンターのゲームを、リアルにしてる気分で挑むつもりだったのに。
口で息をする。
呼吸が追い付かない。
ああもう、酸素足りなくない?
自然頑張れよ。
もっと光合成しろよ。
「…え…?」
よかった、なんとか声は出た。
意味もなく安心する。
それにしても、ボクこんなに馬鹿力だっただろうか。
熊がふっとんで動かなくなる程強かったかな…。
運動部経験はゼロなんだけど。
秘密の特訓もしたことないし、ダイエットとして運動してたこともない。
パンチの当たった場所がたまたま急所だったとか?
まさか。
そんな偶然が起こる訳ない。
熊にストレートパンチを食らわせた右手を見る。
少々薄いが、猫が魔法を使う度に使っていたような黒い光が握りこぶしを取り囲んでいた。
猫が何か魔法をかけたのだろうか。
一回だけスーパーパンチが出来る、とか。
だって、それ以外に理由が見当たらない。
見つめているうちに、その光はゆっくり消えてしまった。
視線を手から変え、熊を眺めてみる。
やはり動いてない。
気絶…したのかな。
まさか死んではない、はず。
だってパンチだよ?
ドラマや現実で見る不良だって、パンチやキック、このくらいはいつも堪えてるし。
それより強い熊がまさかねえ。
そう思いつつも、近づいて確かめる気はない。
その時、後ろの茂みからガサガサッと音がした。
また何か出るのかと急いで振り向く。
熊との追いかけっこで体力はもう大分使った。
これ以上何かに出てこられても困る。
まあ、出てくる方はボクの都合なんて考えも知りもしないのだけど。
ガサリと音をたてて、茂みから勢いよく何かが叫びながら飛び出した。
「見ぃつけたぁー!」
それは背中から翼を生やした少年だった。


