右!
耳元で誰かに囁かれた気がした。
実際は自分が反射的に思っただけなんだろうけど。
その音のない声に咄嗟に従い、ボクは右に跳んだ。
顔や身体が地面とこんにちは状態だ。
直後、ドゴッという鈍い音が後ろから聞こえた。
首だけで振り向くと、さっきまでボクが立っていた場所に熊が腕を振り下ろしていた。
地面はへこみ、その威力が分かる。
熊はゆっくりとその腕を地面から離した。
土片がパラパラと落ちる。
ボクは急いで立ち上がった。
パンチは効いてないどころか、更に怒りを倍増させるという特典をつけてくれたようだ。
非常にまずい。
「グオオォォ!!」
咆哮と共に、ボクは再び駆け出した。
その時、猫の言った言葉が頭に浮かんだ。
『素手で魔物に挑むなんて真似しても、美味しく食べられて終わりニャ。』
美味しく食べられて。
ボクなんて美味しくないよ。
きっと毒あるよ?
なんてこんなの熊には通じない。
ボクを容赦なく追ってきている。
ところで知っているだろうか。
熊というのは人間よりもずっと早く走れる。
そのため、熊を見て走って逃げるというのは一番駄目な方法なのだ。
死んだふりも駄目だけど。
みるみるうちに距離が縮まる。
「グオオォォ!!」
鬼ごっこに飽きたらしい熊が走りながら手を振り上げた。
ボクはその手の射程距離内。
まずいよねうわッ!
とこけました。
しかし幸いにもそのおかげでその攻撃はボクに当たらなかった。
代わりにボクがいたであろう場所に、再びの音とへこみが生まれる。
隣数十センチという位置に振り下ろされた、分厚い熊の手を見る。
巨大な手に鋭い爪。
これが少しずれていたら、ボクはひき肉になっていただろう。
再び急いで立ち上がる。
また逃げるという考えも浮かんだが、これではいたちごっこ。
いずれ体力がなくなってボクの負け。
ボクはローストビーフの運命を辿るだろう。
ゲームオーバーだ。
ならもうどうにでもなれ。
熊はボクを正面から睨み、再び咆哮と共に手を振り上げた。
こんな巨大な手。
「危、ない、じゃん!!」
ボクはがら空きの熊の腹に、全力のストレートを放った。


