――皇帝歴778年
魔術と人が混沌とするヒストール帝国で、宿命の歯車が少しずつ加速して行こうとしていた。
人々は決してそれに気づくことなく、毎日の生活を送っている。
そんな人々の姿を一人の男が視座する。
男は、部屋の一側面が全て硝子になっているところにそっと近づいた。
硝子越しに外を見てみれば、目下には米粒ほどの人々が街を行き交っている。
「……偽りの平和か」
ため息と共に吐き出された言葉は、どこか憂い帯びていた。
そして微かに瞳が揺れる。
「陛下」
咎めるような声に男はハッとし、呼びかたであろう相手へと視線を送る。
「なんだ」
「執務のお時間です」
淡々と表情もなく相手は答えた。
男は知っている。この者は、断じて自分以外の他人に心内を悟らせない。なんとも憎たらしい性格なのだ。例え相手が忠誠を尽くす主であっても。
「……あぁ」
男は何となしに返事をすると、颯爽と扉へと向かった。
揺らぐ瞳はもうどこにもなかった。