(いや……死にたくない)

(恐い!恐い!恐い!)

(誰か、)



「たすけて!」



悲鳴に近い叫びだった。

刹那、エルシスの手元が強い光を帯びた。



「なんだ!?」



男は狼狽する。

目の前の少女は、どうにもまだ幼すぎて魔術を扱えるようには見えなかった。それも言霊もなくして。

エルシスの足元に、魔法陣が組まれている。




「移転か!」



気づいたときには遅かった。

エルシスの姿はもう、跡形もなく残っていなかったのだ。


その事実に気づいた男は、苛立ちを声に乗せた。



「くそぉおおっ!」





そして男は気づかなかった。

最後の最後で、術式とは別に幼い少女の手に握られたものを。






皇帝歴761年、春の出来事だった。