たぶん、風を劈く音がしたんだと思う。
 
 
恐怖心から、無意識のうちにきつく瞑った双眸を恐る恐る開いてみると、私が最初に出会ったのは、心の底では名を呼んでいた『彼』の後ろ姿だった。
 
 
私より、一回り広い、背中。
揺れ動く、白くて青い髪。
待ち望んでいた、その人。
『彼』のトレードマークである空色の制服は、ただ、魔物が私に向けて放った筈である止めの一撃を受け流すようにはためいている。
 
 
私は、その光景をぼんやりと眺めることしか出来なかった。
だってね、あまりにも都合が良すぎるの。私が"こうあって欲しい"と、祈った通りのシナリオが繰り広げられているよ。
 
 
だから、これはきっと、私の夢で――。
 
 
 
あれ?
ねぇ、これは、本当に夢なの?
ただの、たらればの物語であって、現実ではないのかな。
 
 
だって、ほら。
時が停止してしまったかのように、ゆっくり、ゆっくり。影が一つ、また一つ、地に落ちる。
小さかったそれは地面へ近付く度に大きくなって、まるで獣が捕らえた獲物に爪を立て、引き裂くような音を奏でるの。
 
 
あまりの心地悪さに耳を塞ぎたくなるけれど、実際は思い立っても行動に移せないくらい一刹那の間に起きた出来事だったのかもしれない。
辺り一面が血の海に包まれた頃になって、やっと、ああ、現実なんだなあって気付いたのがその証拠。
 
 
今まで傍観しているだけだった穏やかな風は、もう、何処にも居ない。凍てつくような冷たさを求めて、強暴に荒らし回る。
ううん、違う。きっとそう促したのは『彼』なんだと思う。
 
 
 
『彼』の両手で握られた大剣が、『彼』の唄に応える時、私の世界も――。
 
 
 
"ホントはね、ずっと貴方を待って居たよ。助けに来てくれて、ありがとう。"
 
 
 
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