ふわふわ、ムスクのいい香りがして、あたしは何だかクラクラしてしまってた。
「ね、名前教えてよ。」
「な、名前…?」
「そう。名前。驚かしてごめんだけど、俺はコウ。」

クスクス笑いながら、彼―コウさん、はあたしをまたのぞきこんでる。

「えと…きりの。デス…。」
「きりのちゃん。…綺麗な名前なんだな。」

あたし。
顔が熱くなるのが自分ですぐ、わかっちゃった…。
少しうつむいて、またあたし、どぎまぎしてしまう。

「じゃあきりのちゃん、またね?飲みすぎんなよ。」
「え、あ、はい…また…」

彼―コウさんは、バーテンダーに何かささやいて、席を立った。立ち上がった彼の首元に、黒い翼みたいなタトゥー。

コウさんはあたしの方をむいて、にいっと笑いながら、軽くあたしの頭をくしゃくしゃした。
手のひらの、少し冷たい感触。あたし、思わず立ち上がって、コウさんの腕をつかんでしまった。
このままバイバイしてしまったら、彼にはきっともう逢えない気がした。
甘いムスクの香り。
コウさんの目が、一瞬驚いたようにこっちをみる。

あたしは急に恥ずかしくなって手を離した。
よくよく考えてみたら、コウさんみたいな人があたしなんか、相手にするわけないよ…。

ごめんなさい、といおうとしたら、コウさんは吹き出して、

「なんだよ、おいで。」

ってささやいて、あたしの腕をそっとつかんだ。