失恋少女とヤンキーと時々お馬鹿




佐伯さんのその言葉には、“今日からはゆっくり眠れますね”という意味が込められている……と思う。


「そうだね」


今だけは、穏やかな気持ちで佐伯さんと会話できる。


「まぁ寝付きは園児並ですから、大丈夫ですね」


「やすらかなあたしのココロを返してくれ」


「できました」


「会話のキャッチボールをしようか」


「表に車を出してきます」

「完全に無視か!無視なのか?」


「失礼します」


バタンと音をたて、亜美を完璧に無視した佐伯さんは出ていった。


……虚しい。


気を取り直して鏡を見ればいつもより少し濃い化粧をしたあたし。


「私は深瀬亜美。できる。私ならできる」


あたしが私になる瞬間。


ただの深瀬亜美が、お金持ちの深瀬亜美になる瞬間。


昔からやってきたこと。


言っていることは毎回少し違う。


それでも鏡を見て、スイッチを入れる。


それをしないと出来る気がしないのだ。


いいかげんやめなきゃと思うけど……。



亜美は一息つくと、鏡を振り返ることなく、部屋から出た。


もちろん背筋をキリッと伸ばし、堂々とした姿で。