「さよなら。」
薄暗い部屋の中で、ただ目の前の蝋燭の灯だけが揺れていた。
いつもの制服を着ている筈なのに、私まで真っ黒に見えるのは、きっとキミのせい。
黒縁の写真立ての中で笑う、最愛の相手は、無機質な白い柩の中で、静かに眠っていた。
私はそっと柩の中の青白い顔に手を伸ばす。
柔らかみの無くなった唇は、冷たかった。
――あぁ、お伽話のように、口づけでキミが息を吹き返したのなら、どんなによかったのだろう。
音も無く眠るのは、確かな死人(しびと)。
寒くない? 今は冬だから、そんな薄着じゃ風邪ひいちゃうよ。
呟いて、渇いた筈の涙が、また流れ落ちる。
…意味なんて、ないのに。
キミは、安らぎの空間へと旅だって行ったのだ。
風邪も、苦しみも、憎しみも………幸福すら、何も無い場所へ。
無へと、還ったのだ。
心配なんて、してもムダ。
指先で触れていた唇に、自分の唇を押し付ける。
冷たい、冷たい。
もう、動かない。
キミは、「死んだ」んだね…。
翌日、校庭からぼんやりと空を眺めた。
今頃、キミは白い灰となって、重い石の下に居るのだろう。
冷たい亡骸すら、もう拝めない。
キミの姿を見れるのは、もう写真だけ。
私は腰を下ろしていた木の下から立ち上がると、傍の花壇に咲いていた紫のチューリップに手を伸ばす。
もう枯れかかったその花弁を摘み、そっと手の平に乗せた。
(約束、だったね。)
もし、自分が先に死んだなら、紫色のチューリップを、捧げてほしいと。
おどけながら、話してた。
あの時を思い出して、そっと手を伸ばした。
風に吹かれ、チューリップの花びらが大空に舞う。
…ばかだな、私だって花言葉くらい知ってたよ。
だからこそ今、空に花弁を捧げた。
「……ずっと、好きだったよ。」
最愛の友人へ、最後の贈り物。
紫のチューリップの花言葉は、永遠の愛。
fin