彼は久しぶりに、仕事を早く切り上げました。というよりも、いつもより早く起きて仕事をしていたので、その時間分早く仕事が終わっただけのことだったりします。


彼は久しぶりに、部屋の隅で埃を被ったギターを引っ張り出してきました。というよりも、カーテンの隙間から零れる輝きと眩しさに、外に出るのは得策ではないと判断したからだったりします。


彼は久しぶりに、ギターに手を、伸ばしました。しかし、手に取ったまではよかったのですが、覚えている曲なんてもうなかったのです。なんとか彼は頭を絞り上げ、Gのコードから始まる筈だったその曲をうろ覚えで引き出しました。




「もしも世界が変わるなら、
 いつか見た幻の様な未来へ、
 連れていってほしい、
 思いが消えるその前に、
 私をここからなくしてほしい。
 
 もしも世界が変わるなら、
 貴方のいるその世界の片隅へ、
 連れていってほしい、
 想いが消えるその前に、
 未来を変えて見せるから。

 もしも世界が変わるなら。」


残念ながら、彼はその曲の歌詞を、それ以上覚えていませんでした。それも仕方が無いことだ、と。川の流れが一つ所に留まらないように、彼の世界も目まぐるしく姿を変えていったのですから。


ただ、彼は、その歌が今も変わらず好きでした。


まるで、誰かが自分を救ってくれるような、そんな希望が生まれてくるから。勿論、その歌がそんな歌ではないことは知っているけれど、彼はこの歌に、希望を見出したのです。


彼はそれから、指の先が痛くなってくるまで、ギターを弾いて歌うのでした。