…随分昔の夢を見ていた。十年経っただろうか。

いつの間にか自分が眠っていたことを認識し、先程の情景は自分が見た夢であると彼は寝起きの霞が掛かった思考で認識しました。決して忘れていたわけではありません。ただ、日々の忙しさが彼の中から彼女の記憶を何処かへ押しやっていただけです。

目覚めると、どうやらご飯を食べ終えて直ぐに眠ってしまったようで、テーブルに突っ伏していました。目覚めると、外は少し小雨が降っているようで、しとしと、しとしとと音がうっすらと聞こえます。

彼は、今日中に書き上げなければいけない原稿があることを思い出しました。急いでパソコンをスタンバイモードから立ち上げ、原稿を確認します。はて、昨日はどこまで書いたんだったか。原稿を立ち上げると、どうやら後はまとめの部分のみとなっているようです。


彼は一つ安堵の溜め息を吐いて、仕事を開始しました。本当なら昨日中に終わらせているはずだった原稿。どうしても今日は予定を空けておきたかったのです。

ぽつり、ぽつり。屋根から落ちる雨音が一定のリズムを刻んでおり、不可思議な音楽となっていました。彼はその音に合わせて、キーボードをタイピングします。時刻をチラッと確認します。今は午前三時。大丈夫、まだ間に合う。彼は珍しく自分に気合を入れて作業をサクサク…、いえ、カタカタと進めていきました。