六天楼の宝珠〜亘娥編〜

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 しかし予想に反して、次の日の晩も季鴬からは何の音沙汰もなかった。無為なまま二日が過ぎ、夜を迎えた。

「ひどい雨だわ……」

 華頭窓の格子の隙間から庭を覗き見て、翠玉は散策の時に薬玉を引き上げてこなかったのを後悔していた。

 夕方までの晴天が嘘のように夜から降り出した雨は勢い強く、屋根と庭を打ち鳴らしている。

 いきなりのものだったのでてっきりにわか雨だと思っていれば、刻を過ぎても止む気配はない。いくら緑生い茂る枝葉の中とはいえ、これだけ降っていれば水浸しになっているのは間違いないだろう。

「いつまでもそこにいると、身体を冷やしますよ」

「そ、そうですね」

「庭に何かあるのですか? そう言えばこの前も──」

「何もないですよ。ただ、庭が好きなものですから」

 房の中からこちらに近づいて来た衣衫姿の碩有を、押し戻す様にして窓を離れた。

「毎日見ているではありませんか」

 からかい気味な笑いに決まり悪くなって、「月琴でも弾きましょう」と話を逸らした。

──こんな雨降りだもの、季鴬様が来るわけもないし。

「月琴で思い出しましたが、近々隣国から客人を迎える事になりましてね」

 長椅子に並んで腰掛けると、妻の持つ楽器を眺めながら彼は言った。

「鷲(しゅう)という領国をご存知ですか? この月琴もそこで作られているものが有名で」

 その時だった。雨戸の外から、戸板を叩く音がしたのだった。

「え──」

 撥を構えていた翠玉よりも、碩有の表情が険しくなり、即座に立ち上がり扉に向かった。

 雨の音では決してない、高く重たい音が鳴り響く。明らかに拳で殴っている様な音だった。

──まさか。こんな天気の中?

 慌てて彼女が駆け寄る間もなく、夫が扉の把手に手を掛け、開けると同時に素早く外を窺う。

「せ、碩有様、私が開けます」

「何を言うのですか。万一賊でも入り込んでいたら大変です」

 言うが早いが、彼は雨戸と内廊下の間にある廂の下へと、一歩足を踏み出した。

 歩みが止まる。