※※※※
しかし予想に反して、次の日の晩も季鴬からは何の音沙汰もなかった。無為なまま二日が過ぎ、夜を迎えた。
「ひどい雨だわ……」
華頭窓の格子の隙間から庭を覗き見て、翠玉は散策の時に薬玉を引き上げてこなかったのを後悔していた。
夕方までの晴天が嘘のように夜から降り出した雨は勢い強く、屋根と庭を打ち鳴らしている。
いきなりのものだったのでてっきりにわか雨だと思っていれば、刻を過ぎても止む気配はない。いくら緑生い茂る枝葉の中とはいえ、これだけ降っていれば水浸しになっているのは間違いないだろう。
「いつまでもそこにいると、身体を冷やしますよ」
「そ、そうですね」
「庭に何かあるのですか? そう言えばこの前も──」
「何もないですよ。ただ、庭が好きなものですから」
房の中からこちらに近づいて来た衣衫姿の碩有を、押し戻す様にして窓を離れた。
「毎日見ているではありませんか」
からかい気味な笑いに決まり悪くなって、「月琴でも弾きましょう」と話を逸らした。
──こんな雨降りだもの、季鴬様が来るわけもないし。
「月琴で思い出しましたが、近々隣国から客人を迎える事になりましてね」
長椅子に並んで腰掛けると、妻の持つ楽器を眺めながら彼は言った。
「鷲(しゅう)という領国をご存知ですか? この月琴もそこで作られているものが有名で」
その時だった。雨戸の外から、戸板を叩く音がしたのだった。
「え──」
撥を構えていた翠玉よりも、碩有の表情が険しくなり、即座に立ち上がり扉に向かった。
雨の音では決してない、高く重たい音が鳴り響く。明らかに拳で殴っている様な音だった。
──まさか。こんな天気の中?
慌てて彼女が駆け寄る間もなく、夫が扉の把手に手を掛け、開けると同時に素早く外を窺う。
「せ、碩有様、私が開けます」
「何を言うのですか。万一賊でも入り込んでいたら大変です」
言うが早いが、彼は雨戸と内廊下の間にある廂の下へと、一歩足を踏み出した。
歩みが止まる。
しかし予想に反して、次の日の晩も季鴬からは何の音沙汰もなかった。無為なまま二日が過ぎ、夜を迎えた。
「ひどい雨だわ……」
華頭窓の格子の隙間から庭を覗き見て、翠玉は散策の時に薬玉を引き上げてこなかったのを後悔していた。
夕方までの晴天が嘘のように夜から降り出した雨は勢い強く、屋根と庭を打ち鳴らしている。
いきなりのものだったのでてっきりにわか雨だと思っていれば、刻を過ぎても止む気配はない。いくら緑生い茂る枝葉の中とはいえ、これだけ降っていれば水浸しになっているのは間違いないだろう。
「いつまでもそこにいると、身体を冷やしますよ」
「そ、そうですね」
「庭に何かあるのですか? そう言えばこの前も──」
「何もないですよ。ただ、庭が好きなものですから」
房の中からこちらに近づいて来た衣衫姿の碩有を、押し戻す様にして窓を離れた。
「毎日見ているではありませんか」
からかい気味な笑いに決まり悪くなって、「月琴でも弾きましょう」と話を逸らした。
──こんな雨降りだもの、季鴬様が来るわけもないし。
「月琴で思い出しましたが、近々隣国から客人を迎える事になりましてね」
長椅子に並んで腰掛けると、妻の持つ楽器を眺めながら彼は言った。
「鷲(しゅう)という領国をご存知ですか? この月琴もそこで作られているものが有名で」
その時だった。雨戸の外から、戸板を叩く音がしたのだった。
「え──」
撥を構えていた翠玉よりも、碩有の表情が険しくなり、即座に立ち上がり扉に向かった。
雨の音では決してない、高く重たい音が鳴り響く。明らかに拳で殴っている様な音だった。
──まさか。こんな天気の中?
慌てて彼女が駆け寄る間もなく、夫が扉の把手に手を掛け、開けると同時に素早く外を窺う。
「せ、碩有様、私が開けます」
「何を言うのですか。万一賊でも入り込んでいたら大変です」
言うが早いが、彼は雨戸と内廊下の間にある廂の下へと、一歩足を踏み出した。
歩みが止まる。

