六天楼の宝珠〜亘娥編〜

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 あの事故には後日談があってのう、と槐苑は珍しくもの憂げに語りだした。

「落石に遭ったのは間違いないのじゃが、騒ぎに紛れて槙文様を襲った者達がいたのですよ。呉の町長は傀儡(かいらい)でしてな、官吏が陰で盗掘の指示を出しておった。情報もそやつらが操って、洛に届くのがただでさえ遅れたのです」

 碩有が執務へと出て行ったのを見届けたかの様に、上機嫌にやってきた彼女を今日ほど歓迎した事はなかっただろう。

 「仲直りなさったらしいですな。重畳重畳」という言葉を無視して早速紗甫を呼んだ。老婆の好みのものを用意し、話のついでに昔話をさせるのはさほど難しい作業ではなかった。

 仲直りへの安心感が、槐苑の口を軽くしているらしい。

「戴剋様が槙文様の亡骸に不審を持たれてのう。烈火のごとくお怒りになられて、一族郎党全てを挙げての解明を命じられましてな。かつては厳君と畏れられたお方、捕らえられなければ呉を滅ぼすとまで仰せでした。愛息を殺された怒りは、それはそれは烈しかったものです」

「それで、犯人がその官吏だとわかったのね?」

「はい。皆自分が殺されると思い躍起になって調査しましたからね。捕らえた者達を戴剋様は極刑になさいました。のみならず、呉の壊れた橋を非常に堅固なものに造り変えたのです」

 当時の戴剋の悲しみを考えて、翠玉は目を伏せた──いくら後事を治めても、息子は取り戻せない。どれほどに嘆いた事だろう。

 でもそれだと、季鴬は自分を責める必要はないのではないか。戴剋が悪意を見せる理由も。

「今の話……六天楼にも知れ渡っていたのよね?」

「うむ、まあそうじゃのう。公に知らされたわけではないが、女の口と耳は風の如しと申しますからな。知らぬ者はおらんかったでしょう。ただ──」

「ただ?」

「戴剋様は呉に向かわれるのを随分と反対なさっていた、という話ですのう。それでなくとも、その頃六天楼の事でしばしばお二人は揉めていたとか。仲の良い親子だったのに、一体何が原因だったのかは存じませぬが」

 季鴬と槙文、そして槙文と戴剋の間に何があったのか。

 だが悔やんだのはきっと、季鴬だけではなかっただろう。

 やり場のない怒りは負の連鎖を生み、今は季鴬と碩有の間にも影を落としている。