六天楼の宝珠〜亘娥編〜

「それで──あの人は──御館様は。ご無事だったの」

「重傷でございます。従者ともどもあちこちを数箇所打撲しており、意識が回復しないと……今は呉の治療所に運び込まれていると報告がありました」

 目の前が暗闇に包まれて、視界が歪んだ。慌てた侍女が椅子を背後に置く気配がする。何とか腰を下ろして、肘掛に縋りついた。

「奥方様──其方、もう少し言い方があろう!」

「も、申し訳ございませんっ」

 怒りを露にする侍女を制する為に季鴬は腕を上げようとしたが、何故かいくら力を入れても動かせない。

「……医匠(いしょう)は何と申しているのですか」

 自分の耳にさえ聞こえるかどうかわからない、小さな声しか出なかった。

 使者には何とか聞こえた様だ。身を硬くして彼女は口を開いた。

「非常に申し上げにくい事ですが──今夜意識が戻らないのであれば、ほぼ絶望的だと」

 回転を続ける季鴬の世界は、今度こそ闇に包まれ意識を失った。

──必ず戻って来ると。そう言ったのに。きっとこれは悪い夢なのだ……。

 実はこの時点でもう槙文は息を引き取っていたのだと、戴剋が分別を働かせてささやかな嘘をついたのだと。

 そして後一日待てば、川の氾濫は治まり普通に帰れるはずだったという事を。
彼女が知るのはもっとずっと先の話になる。