それは真に娥玉に相応しい持ち主だった。

 娘にも老女の様にも見える、年齢不詳の美貌。月の女神、亘娥(こうが)もかくありきと言う風情の女性だった。

 娥玉は元々「月の庇護を受けた瓊瑶」として有名だと、後で紗甫に聞いてみると教えてくれた。流石六天楼で働く良家の娘だ。

 娥玉は知らなくとも、亘娥は庶民の間でも信仰されている。日輪は猊(げい)と呼ばれる男神が、月は亘娥が司るという自然崇拝の神話だ。

「どうして私の名を?」

 外見を裏切らない涼やかな声は、仄かな明かりの宿る庭で余りにも現実味がなく。

 幽玄の中でさえも色濃く、よく知る人の面差しを浮かび上がらせていた。

「そ、それはちょっと。聞いた事があったものですから」

「私の話を?」

 季鴬は首を傾げる。

「あの子が母親の話をするはずはないし、おおかた魔物か幽霊ぐらいの扱いかしら。どちらにしてもすっかり忘れ去られたと思っていたわ」

 皮肉めいた言葉が翠玉を現実に引き戻した。

 返答に困って黙っていると、何故か逆に相手の方が決まり悪そうにする。

「あ……またやってしまったみたいね」

 碩有の母親ならば少なくとも四十は間違いなく越えているはずなのに、悪戯を見つかった少女の様に口をとがらせた。

「私はどうも口が悪くていけないの。別に貴方をどうこう言うわけではないから、気にしないで」

 ありがとう、と手を差し出して季鴬は優婉に笑った。