「母親の顔はあたしは知らない。そのくらい昔に死んじゃって、うちは父親と姉貴と、3人家族だったの」
姉貴…さくらだろう。
「さくらがね」
佐柚の声のトーンが変わった。
「うちの全財産をもって、蒸発した」
ゆるやかな音楽が店内を包んでいる。
「ずっと住んでた家も売却、あたしは1人で一文無しだった」
「有末お前、一人暮らしだったの?」
佐柚は頷く。
「その家の土地代やら家賃やらを貸してくれたのが大木」
昨日の、男だ。
「そのあともさくらがあたし名義で好き勝手やるから、もう借金まみれもいいとこ。あの家に住み続けてる限り家賃あるから、店辞められないしね」
大地は、佐柚が姉を家族じゃない、と言った意味がやっとわかった。
「蓮さんは?姉ちゃんの居場所とか、知らないの?」
「教えてくれない。絶対知ってるの。てゆうか多分、一緒にいるのに、さくらの事は何聞いてもだめ。ああやって今日みたいに、金、金って…」
大地は、さっき蓮と握手をした左手を開いた。
「ちゃんと洗っときなよ」
そう言って佐柚は笑った。
いつものように佐柚が笑うので、大地も笑うことができた。
