「お嬢様、香水は得意ではありませんでしたよね」

「これ、私の母のものよ」


恵理夜の両親は、恵理夜が幼い頃に亡くなっている。

その母が使っていたというのなら、その瓶の劣化も頷ける。


「お祖父様から頂いたのだけど……」


恵理夜の祖父は、極道の組長《カシラ》である。

両親は、組同士の抗争の中で亡くなっていた。


しかし、恵理夜は、極道とは関係ない、カタギの人間であった。

そして、恵理夜の使用人である春樹も、必然的には極道の人間ではない。


だが、両親のことのように、家のことから派生する悲しみを全て回避できるわけではないのだ。


――恵理夜は、無言で、香水にまみれた手を洗うために部屋を出た。