「泣いてるかと思った。」

お通夜の式場を出ると、
偶然に恭ちゃんと田野くんに出くわしました。

私は田野くんの顔をみると、
思ったままに言いました。


田野くんは、あの春のように、
優しく微笑んで、

「泣かねーよ。」

と言いました。


その顔をみた瞬間、
私は何故だか胸が締め付けられるように苦しくなって、
涙が止まらなくなりました。


田野くんは、
あれほどずっと愛していたひとが亡くなって、
どんな気持ちだろう?

田野くんは、
『駆け落ち』のこと、
知っているの?


聞きたいけれど、
言葉にならなくて、
ただ泣きました。


ああ、そうだ。
あの時もこんな気持ちでした。

どうしてすきなひとが、
他の男の人といるのを、
あんなに優しくみていられるの?


そういえば、
あの時もあたしは、
初めてまともに話した田野くんをみて、
こっそりと泣いたんだった。