「それまで私はなにも知らなくて、だからこそ簡単に、長谷川姓を捨てることができた」
簡単だったわけじゃない。
名乗る名字を変えるということは、父とのわずかな繋がりさえ絶たれてしまうことのようで、とても怖かった。
けれど、母亡き後、母方の実家に身を寄せるならば、いつまでも長谷川姓を名乗っているわけにもいかなかった。
「春休みだから初めてこの家に来て、パーティーに出席することになって。長谷川家の人間として参加するから、今だけ長谷川って名乗ってるの。
だから、私は厳密には長谷川家の人間ではないし、後継者でもない」
私でさえ話していて混乱しそうな事情を二人は、特に結衣は理解できただろうか。
心配する気持ちが通じたのか、羽島くんが要約をしてくれる。
「つまり、父方の実家がこの長谷川家で、でもご両親が離婚されているから、今は高橋という名字である。自分と長谷川家の繋がりはほんの数ヶ月前に知ったばかりで、皇ヶ丘にいた頃は知らなかったから結衣に対して隠していたわけじゃない。でも長谷川家の血族であることに違いはないから、今日は長谷川家の一員としてパーティーに出ていた。これでいい?」
「そう。他のことは、後で話すから、次に結衣の話を聞かせて」
きっと結衣には、私に問いただしたいことがたくさんあるのだろう。
それがわかっていながら、あえて後回しにして、彼女の口を開かせた。


