目を凝らすが、沙織には全く何も感じられない。

「ねぇ、気を付けてよ?」
「分かってるよ」

 そう言って、綾はポケットに手を突っ込みながらブランコの方へ歩いて行った。

「早いとこ、自分の世界に帰ったほうがいいと思うよ?」

 ブランコの前に立ち止まり、綾は呟く。
 ――その時、一筋の風が吹いた。

「……?」

 沙織は暗闇の中をじっと見つめる。
 目が慣れて来たからなのか、さっきよりもはっきりと周りがよく見えるようになってきた。
 綾は心持ち、前方に向ける視線を鋭くする。
 風は真正面から、こちらに向かって吹き付けた。

「………」

 綾は、すっと右手をかざす。
 火花がスパークして、綾の目の前で散った。
 そこに、いる。
 沙織はそう感じた。
 だが、今の攻撃で目の前の敵は消えたが、風は次々に違う方向から吹いて来た。

「…綾…?」

 沙織は綾を見る。
 鋭い表情は、変わらない。

「何なんだろうな」

 綾が呟いた。
 沙織は綾の方へ近寄る。
 何となく、この公園全体が違和感に包まれているような気がする。

「ねぇ、もしかして…」

 聞いてみるが、綾は動かない。
 しばらくそのままでいて、綾はふと、沙織に向き直った。

「これ全部相手にしてられん。帰ろう、沙織」

 笑顔に戻り、綾はそう言った。
 歩き出す綾に付いていきながら、沙織は辺りをキョロキョロと見回した。
 ジャングルジムや、滑り台の前。
 池のほとり。
 街灯の下。
 沙織にも何となく、感じることは出来た。

「…いいの、綾?」
「あぁ。殺気が感じられないからさ、大丈夫だとは思う」

 珍しく曖昧な言い方をする綾。
 まぁ、散歩がてら時間潰せてよかったじゃん、と笑う綾に、沙織は複雑な笑みを返した。

☆☆☆

 家に帰ると、飲みなおそうと綾は冷蔵庫からビールを取り出した。

「沙織も飲む?」
「うん…」

 綾から缶ビールをもらい、沙織はプルトップを開けた。

「ねぇ、綾」
「ん?」

 沙織の向かい側に座ってビールを飲みながら、綾は呼び掛けに答える。

「…何でも言って?」
「………」
「知らなかったら、私も何も出来ないから…」