露天風呂は小さめだったが、それなりに風情があって気持ちよかった。

「一緒に風呂入るの、初めてだね〜」
「そうね…」
「どした? 元気ないじゃん」

 綾は、沙織の顔を覗き込む。

「うん。でも大丈夫、こういうのにもだんだん慣れてきたような気がする」

 苦笑する沙織。
 うんうん、そりゃ慣れるわな、と頷きながら、綾は笑った。

「その調子だよ。今頃、悠達、温泉“食ってる”ぞ」
「え?」

 ニコニコしながら言う綾の言葉の意味が、またわからない。

「奴等、こないだの帰郷で、パワー満タンにできなかったから。こういう所で“気”を養うの」

 もっと複雑なからくりなのだろうが、綾の頭の中では、こんなふうに簡潔に整理されているらしい。

「ここはね、悠達の住んでいる世界に近い“気”がたまる場所なんだ」

 この世界にも、そういう場所は多々あるらしい。

「だから、温泉“食べる”なの。我ながらうまいよなぁ、この表現」

 ケラケラ笑う綾に、沙織はさっき婦人に聞いた疑問を投げ掛ける。

「ねぇ、私がここを選ぶのを、綾は知ってた?」

 綾は首を横に振る。

「ぜ〜んぜん。でも、あの婆さんがいた時点で分かったけどね」
「…何を?」
「あぁ、今日はここに来る予定だったんだなぁって」

 でも、かなり突発的に思い付いた旅行なのだ。
 決めたのは確かに自分…。
 沙織にはどうもここが引っ掛かる。

「もう一つ、どうしてお婆さん、姿を変えているの? 声は確かに中川美恵子さんと一緒だけど…」
「あれのこと? 簡単に言うと、幽霊が人間に取り憑いてるみたいなものだよ」

 綾の話では、上の世界に住む人間がこっちの世界で『実体化』するには、相当のパワーを消耗するのだそうだ。
 それを軽減する為には、もともとここにいる人間に憑依するのが最も力を使わないですむ方法のひとつなのだ。

「あの姿は、元々ここに住んでる人のものだよ」

 つまり、中川美恵子は今、このペンションのオーナーの体を乗っ取ってる訳か、と沙織は綾風に解釈した。