店内は徐々にさっきまでの和気あいあいとした雰囲気に戻っていった。
 沙織もようやく落ち着いて、店員が持ってきてくれた新しいカクテルに口をつけた。

「あぁいうのは、日常茶飯事だろ。全部を始末してたら、キリがないんだけどね…」

 そう言う綾に、沙織は小さくため息をついた。
 だがもうゆっくりと飲む気分にもなれず、そろそろ出ようか、と綾が言ったのは、もう日付が変わる頃だった。
 会計を済ませてビルの廊下に出ると、綾はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「ねぇ沙織、高い所、好き?」
「好きだけど…何?」

 じゃあ決まり、と綾は沙織の手を引っ張って、非常階段へ向かう。

「ちょっ…綾?」

 階段を登ると【立入禁止】の札と鉄格子がかけてあり、これ以上進めないようになっている。

「行けないって…」

 立ち止まる沙織を、綾は振り返った。
 背の高い綾は、沙織の目線に合わせるようにかがみこむ。

「行く?」
「な、何よいきなり?」

 意味が分からない。

「あたしは“能力”があるけど、雑魚しか倒せないような弱い力です。…それでも、いい?」

 訳わからないけれど、沙織はとりあえず頷いた。
 ――その途端。

「…えっ」

 息をする間もなく、体がふわりと宙に浮いた。
 足元の遙か下に車が小さく見えている。

「うそ……」

 沙織は息を飲み、自分を抱えて跳躍している綾を見た。
 真っすぐに上を見ている綾。
 その目には、少しも不安な色は見えない。
 なんだかとても長い間宙に浮いていたような気がするが、気がつくと沙織は屋上立っていた。
 真夏の夜風が、酔った体に心地いい。

「こういうことにはめっちゃ便利な力なんだけどね〜」

 両手を大きく上げて伸びをしながら、綾は言った。
 そして、沙織の方を見てウインク。

「どう? こういうの」

 見てごらん、と促され、綾の指さす方を見る。
 そこには、街の小さな明かりと、遠くに見える海。そして…。
 水面を照らす、大きな満月と星明かり。
 夜だというのに、景色はそれだけで十分に明るかった。