だが“それ”は無表情のまま。
 まるで悠と諒がいないことを理解しているかのように、余裕を見せていた。
 バカにしてんのか、と綾はその手の平から閃光を放つ。
 だがそれは、空中で拡散した。
 綾は舌打ちをする。

「……綾?」
「自分の周りに結界を張ってるんだよ。とりあえず外に出た方がいい。あいつ、この前よりも力が強い」
「わかった」

 沙織は外へ向かった。
 後から綾もついてくる。

「綾、悠くんと諒くんもこのことわかってる?」

 敵が来たら気配でわかる、と以前悠が言っていたのを、沙織は思い出した。

「多分、ね。百パーセントとは言い切れないけど…」

 綾の答えはイマイチ、歯切れが悪い。
 もしも敵の襲来に気が付いているなら、今頃悠や諒から、何らかのリアクションがあってもいい筈だ。
 なのに未だに、何もないということは…。
 沙織の脳裏を、不安がよぎる。
 二人は外に出ると、車に乗り込んだ。
 そして綾はエンジンをかけると、車を急発進させる。

「どこへ向かうの?」

 後ろを振り返りながら、沙織が聞いた。

「とりあえず、時間稼ぎだな。その後はケースバイケースで」

 運転しながら、綾は煙草を取り出した。

「またそんな悠長なこと言って…」

 もう一度、後ろを振り返る。だがあの女が追ってくる様子はなかった。

「何で、追い掛けてこないんだろう…」

 沙織が言った。
 追ってこないのは、相手は“気配”でこっちの居場所が手に取るように分かるからだ。
 その代わり、止まって車を降りた途端に襲ってくる筈、と綾は言った。

「それだけ相手に余裕があるってことだよ」

 吸い終わった煙草を灰皿にもみ消して、綾は言う。

「悠くん達は…」
「あー奴等、今こっちにいないから」

 運転しながら、綾はゆっくりと話し始める。

「この前、あたしが言ったこと覚えてる? この世界だけが本当の世界じゃないって話…悠と諒は、本当はこの世界では“実在しないもの”なんだよ…」

 普通のドライブなら、外は快晴で、気持ち良く景色を楽しめただろう。
 綾の話を聞きながら、沙織はふと、そんなことを思った。