同じ世界が二重、三重に見えた。

「…何なの?」

 立ち上がる。
 足元が揺れている訳ではなかった。
 目をこすっても、歪んだ世界は変わらない。
 心細い…それよりも、怖い!
 どうしていいかわからずに立ちすくんでいると、“何か”が家の中に入ってくる気配がした。
 いつかの“あれ”がここに来る。
 何で、こんな時に…綾も悠も諒も、誰もいない時に…!
 どうしたらいい?
 辺りを見回しても、怖さのあまり体が思うように動いてくれない。

『オマエさえ…いなくなれば…』

 不意に、こんな言葉を聞いた。
 壁の中から一人の人間が部屋に入ってくる。

「この前の…」

“それ”は紛れもなく、この前現れたあの女だった。
 その姿を間近で見る。
 とてつもない重圧感が、沙織を包む。
 …バシイ…っ!
 その時、閃光が走った。
 その途端、沙織の体中が硬直した。

「…はいよ。そこまでね」

 聞き慣れた声。
 そこには手の平から閃光を放った綾が立っていた。

「綾! 一体どこに行ってたのよっ!?」

 恐怖から解放されてほっとしたのか、綾の無事な姿を見てほっとしたのか、沙織は思わず声を荒げて言った。
 だが、綾は普段と変わりない口調で平然と答える。

「ん? 屋根の上」

 あぁ、だから靴も履いていなかったのか…と、妙なところで感心している場合ではない。

「考え事してた♪」
「あ〜の〜ね〜」

 てへっ、と似合わない笑い方をする綾に、沙織は呆れて何も言い返せなかった。
 じゃあこの一時間ずっと、綾はここにいたというのか。
 心配してあれだけ走り回ったというのに。
 だが今は、そのことについて文句を言える状況ではなかった。
 気がつくと部屋は元通り、いつものままになっている。
 が、あの女だけは変わらずに目の前に立っていた。

「目的は何だ?」

 綾は“それ”に問いかけた。

『…その…鍵を…壊す…』

 綾の表情が強ばった。
 だがそれは一瞬で、怯まずに手をかざす。

「壊すって…人をモノみたいに言うんじゃないよ。しかもそんなこと、このあたしがさせる訳ねぇだろ」

 沙織を庇うように動き、説明のつかない“気”で綾は相手を威圧した。