ただ二人が出掛けるというだけで、あそこまで機嫌が悪くなる綾の気持ちが、全く分からない。
 悠は出がけに、あまり店から離れないように、と言っていた。

「…綾?」

 10分ほど悩んでから、さすがに放っておくのも悪いと思い、沙織は綾の部屋をノックする。
 だが返事はなかった。
 ドアノブに手をかけて、沙織は一瞬躊躇する。

(そういえば、綾の部屋に入るの、初めてだ…)

 三人がこっちに来てから寝る時以外は殆んどリビングにいるから、お互いの部屋を行き来するなんてことはなかった。
 だがしばらく待っても返事は返ってこない。
 沙織はそっとドアを開けた。だが、綾は部屋にはいなかった。
 あまりにも何もない部屋。
 パイプベッドが一台と、その横のサイドテーブルに煙草と灰皿が置いてあるだけだ。
 窓が開いていて、半開きのカーテンが風に揺れていた。

「ウソでしょ…」

 もしかして、二人を追いかけて窓から出て行ったのだろうか。
 何故そこまでしなきゃならないのか。

「なんなのよ…」

 唖然とする沙織。
 あんな身体能力を持った綾を追いかけるなんて不可能。
 だが、とりあえず沙織は外に出てみる。
 綾が靴を履いていった形跡がなかったので、靴を持って探して歩いた。

☆☆☆

 だがやはり、綾は見つかる訳もなく…一時間ほど探して、沙織は仕方なく家に戻ってきた。
 誰もいなくなり、久しぶりに一人になった気がする。
 ほんの少しだけ解放感を感じ、そして、物凄く寂しい気がした。

「…はぁ…」

 ため息をついて、リビングのテーブルに突っ伏した。
 一人のせいか、色々と考え込んでしまう。
 どうして綾は、二人が出掛けるのをあんなに嫌がったのか。
 今日は日がいいから、実家に帰ると二人は言っていた。
 ――ただ、それだけなのに。
 あまりに静かなので、何故か自分の心臓の音だけが、心なしか大きく聞こえてきた。
 …どくん、どくん…。

「……?」

 沙織は顔を上げる。
 また錯覚だろうか?
 目の前が霞んだ。
 …いや、霞んだんじゃなくて、見慣れたはずのリビング全体が、歪んで見える。