だがその動きは異様としか言いようが無い。
 人間の形はしているものの、四肢があり得ない方向に蠢いていた。

「何、あれ…?」

 沙織は、言い様のない恐怖感に、立ちすくむ。
 デパートで綾が言った『人間じゃないもの』という言葉が、脳裏をよぎった。

「いい女じゃねぇか」

 諒が呟く。
 確かに“それ”は女の姿をしてはいるが…あの動きが不気味だ。
 そんな諒を横目で睨み付けて、綾が動く。

「ここまで何しに来たんだか知らねェけど…な〜んかムカつくんだよねっ!」

 言い終わるか終わらないかのうちに、綾は――飛んだ。

「…えっ…?」

 沙織は一瞬、自分の目を疑った。
 綾の動きは、とても常人のそれとはかけ離れていた。
 どう見ても軽く5m以上は飛び上がっている。
 それと同時に悠は、沙織に動かないでと念を押して店の外に、諒も素早くその女に向かって走りだした。

『…無駄…な…』

 沙織が見たのは、声を発したと同時に“それ”が空に手をかざした事だけだった。
 次の瞬間、綾と諒の体が何かに弾かれたように後方に吹っ飛んだ。
 だが、かろうじて綾は身体を捻って屋根の上に着地し、諒は素早く移動した悠に支えられて立ち上がっている。

『…気配が…なかった…から…』

“それ”はそう言うと、不気味としか言いようのない妖艶な笑みを浮かべてこっちへ歩みよってくる。

「…ほんっと、いい女だな」

 これだけ異様な光景を目にしていると言うのに、まるで普段と変わりない悠の口調。
 諒も、全く普通に悠の言葉に頷いて。

「人間ならな…。ナンパしたかもなァ」

 にやりと笑う諒。
 すると、その二人の頭上を、球体のような形をした閃光がすり抜けた。
 海上に現れた女はそれを、まるでゴムボールを掴むかのように手の平で受け止める。
 閃光はその手の中で、バチバチと火花を散らしてスパークした。

「危ねっ!」
「綾っ! 俺達に当たったらどーすんだ!」

 その球体が飛んできた方向に沙織が目をやると、そこには綾が立っていた。

「やかましい! デレデレしてんな!」

 握りこぶしで怒鳴り付ける綾の手から、不思議な光が放たれているのを、沙織は確かに見た。