そうしたのは紛れもなく、目の前に立っているこの女なのだ。
 綾は無言で態勢を低くして、身構える。

「無駄なこと…」

 嘲笑うかのように、女は微かに唇の端を持ち上げた。

「…やってみなくちゃ、分からない」

 口元の血を、シャツの袖で無造作にぬぐう。
 そして、女に向かって綾は跳躍した。

「お前だけは…っ!」

 渾身の力で繰り出される攻撃も、まるで遊ばれているかのようにかわされる。
 それでも、綾は攻撃を緩めなかった。

「おまえだけは絶対に許さない!!」

 衝撃波を繰り出すごとに、体中に激痛が走った。
 だが今は、そんなことはどうでもいい。
 ただの“器”でしかないこんな肉体なんか、どうなってもよかった。

「愚かな…」

 女はそう言って、綾に向かい軽く手を振り上げた。
 同時に、綾の左足に火傷のような痛みが走る。

「…ぐっ…!」

 たまらず地面に膝をつく。

「この…っ!」

 もう一度、跳躍する。
 その時、綾の頭の中に声が響いた。

『…綾…』

 聞きなれた声。
 無意識に右手に気を集中させる。
 すると、港の戦いで諒が見せた、細長い光がその手に現れた。
 それと同時に、防御の結界が綾の身体を包む。
 この感覚は、間違うことなんてない。
 今、二人が一緒にいる。
 二人が自分に同化しているのを感じる。

「悠…諒! 沙織を…!」

 綾は、叫びにも近い言葉を発した。

『――分かってる。一緒に、行こう』

 言葉が自然に頭の中に浮かんでくる。
 綾は立ち上がり、息を整える為に目を閉じた。

『俺達を信じろ、綾』

(信じてる)

 心に強く思う。
 ――そして、目を開く。 綾は気を集中した剣で女に攻撃を仕掛けた。
 諒の意識と同化している為か、信じられない早さだった。
 避ける間もなく、女はその右手にダメージを受ける。
 そして初めて、驚愕に表情を歪ませる。
 綾はもう一度動く。
 何度かかわされるが、こっちが受けたダメージは少ない。
 その時、綾にもはっきりと感じられる程強大な気が、灯台を中心に爆発するように広がるのを感じた。