…まるで、宙に浮くジェル状のベッドのような結界の中に、沙織は横たわっていた。
 頭の中の意識ははっきりしているのに、重くまとわりつく空気のせいか、思うように身体が動かせない。
 自分が一体何なのか、沙織はずっと考えていた。
 ここに来れば、何か答えが見付かるような気がした。

「もう少しで、キミが一体何者なのかが解るよ、沙織…」

 結界の外で、一樹がそう言っている。
 会話はすでに口頭ではなく、意識の中で交わされていた。

「私の…存在価値も?」

 ゆらゆらと揺れて、心地いい。
 沙織は、目を閉じてそう聞いた。

「そうだね…存在価値も」

 何の為に自分がここに“在る”のか。
 自分という存在は何なのか。
 今考えるのは、それだけだった。
 体の奥の意識の中に、小さな小さな光がある。
 沙織はそれに、少しずつ意識を近づけていく。
 その間に、色々な物が見えた。

(記憶…?)

 両親や友達、今まで会ったことのある人たち、行ったことのある場所…それらが次々と呼び覚まされていく。
 しかも、今までに出会った人々の意識までも、沙織は鮮明に感じることが出来た。
 それは思い出ではなく、何もかも全てが“真実”だった。
 沙織はその中で友達にも両親にも、本当に愛されていた。
 ――そしてまた、時間は遡っていく。
 …生まれた時にまで。
 両親と血がつながっていないのは知っている。
 しかし、出生の秘密はまだ知らない。
 沙織は一瞬、躊躇った。

「それが…真実だよ、沙織。キミの全てだ」

 一樹の言葉が、背中を押した。
 沙織は、もっと奥へと意識を走らせる。

☆☆☆

 灯台の入り口が見えた。
 いつだったか、沙織と出会って初めて敵と戦った時に来た、あの灯台だ。

「…沙織…!」

 肩を押さえる。
 出血が思ったよりひどい。
 灯台が間近に迫った場所で、綾は前方を見上げた。
 その刹那、綾は振り向きざまに右手を振りかざす。
 一筋の閃光が、真後ろの空間を突き抜けた。

「邪魔は、させない…」

 女は無傷で立っていた。
 綾は真っ直ぐに女を睨み付ける。
 悠と諒は今、この世界に存在しない。
 実体化している体ごと、消されてしまったのか。