その翌週、ソウル市内に在る新星MUSIC本社では、会長と元専務がオフィース最上階の会長室で話をしていた。
「お前が長年勤めてくれたから、俺も安心して色んな事にチャレンジしてこれたよ。
今回の辞任は不本意かも知れないが……」『いや、俺が悪かったんだ。
俺がこんな性格だから、何も言えず妻達の事を咎めることも、止めさせることも、ましてやお前に知られる怖さもあったから……』
沈黙のあと
「確かに、お前は知ってて金一派の横行を止めなかった。
でも、本当はお前には辞めて欲しくなかった。
金一派が横領したり、密談して仕事上の賄賂を渡していたのを、会長の俺も知ってて黙ってみて見ぬふりをしてたんだから同罪だよ。」
『それは、俺にチャンスをくれていたんだろ!
それくらい分かるさ!
いつか、俺がきちんと処理して、妻の家族の横行を止めさせるだろうと、待っててくれてたことくらい。
でも、俺は気が弱いし…こんな俺に長年連れ添ってくれた妻をいさめられなくて、本当に済まなかった。
今回の辞任は、俺もきちんと受け止めているから。』
「今まで有り難うな!
退職金は、少ないが出させてもらうから、受け取ってくれ。
まぁ、奥さんの実家は金持ちだから、老後の心配は無いと思うけどな!」
『そんなことまで気を使わさせて済まない。
本来なら受け取れる立場じゃ無いことくらい分かっているが、有り難く受けとるよ。
妻とは離婚するから、彼女の実家には頼らないから。
まぁ、息子もいるし、老後は息子の活躍を楽しみに過ごすよ。
今回の件と息子は関係ないから、後の事は宜しく頼む!』
「あぁ、任せとけ!
彼もアクションスターとして頑張って来たし、最近では演技にも益々磨きが掛かってきているから、色んな役にも問題なく遣っていけるよ。
それに、彼とうちの息子は親友だから、俺が引退しても息子がキッチリ彼と遣っていくだろうよ。」
『そうだよな!
本当に、何から何まで有り難う。
もう、引き継ぎは終わっているから。
昨日までに、日本から来た李支社長に全ての業務の件は任せてあるから。
俺は、今日で会社を去るよ。
本当に今まで有り難う。
この50年間、楽しかったよ。』
「俺もだ!
本当バカばっかりやって来たな!
小学校からだもんなぁ!
それじゃあまたな!
何か困ったことがあったら、いつでも電話して来いよ。
会社を辞めてもチング(友達)なんだからな!」
『分かったよ。
本当に困ったことがあったら、お前が嫌だといっても電話して来るよ。』
「あぁ、そうしてくれ。
それから、その年で離婚して大丈夫なのか!?」
『問題ないよ。
家事、炊事、洗濯から掃除まで、今までだって、殆ど俺が遣ってきたんだから。』
「マジか!?
奥さんやお手伝いさんは?」
『彼女は、ああ見えてかなりのドケチなんだから、家にお手伝いさんなんているわけ無いし、かといって彼女が主婦できるわけ無いからな!
出会った頃に、こんな綺麗な女性が俺の奥さんになってくれるんだったらと、何もしなくて良いから俺の側にいてくれ!って言ったらよ本当に何もしてくれなかったんだよ。』
「…………。。。」
『そんなに引かないでくれよ。
それでも俺は、今日まで本当に幸せだったんだから。
でも先週、金一派が全員懲戒処分になっただろ。
あの時、彼女が俺に言ったんだ!
使えない男!ってな。
それで良く分かったんだ。
俺は、彼女の遊びに利用されてただけなんだってな。』
「……」『沈黙は止めてくれよ。
余計に悲しくなってくるじゃないか。』
「驚いているんだよ。
それで彼女は離婚に対しては?」
『とっとと別れましょ!慰謝料は要らないし、あげないわよ!だって。』
「………………」『だから、沈黙は…………。』
「泣いてんのか!?」
『ヤッパリな、なんやかんや言いながらも、40年近く一緒に過ごしてきたからな。
ちょっと寂しくなってな。』
「そっかぁ。
そりゃ寂しいだろうな。
なんなら、若い女性でも紹介しようか!?」
『それは、大丈夫だよ。
いくら離婚するからっていっても、本当に彼女を吹っ切れた訳じゃ無いし、息子夫婦の事も有るから、暫くはボランティアでも遣りながら、新しい仕事でも考えるよ。』
「そうだな。
まだ60才、遣ってやれない事はない。
新たに起業するんなら、融資するぜ。
超低金利でな!」
『そうだな。
そうなれば、そん時は頼むよ。』
「また今度、一緒に飲みに行こうや。」
『そうだな。
そん時は奢ってくれよ。』
「まかせとけ!
高級ワインでも、マッコリでも、何でも奢ってやるさ。」
そして、元専務は新星MUSIC本社で別れて、帰っていった。