夜の9時に済州国際空港を出て、済州島を縦断して島の反対側へ出る。



山房山(サンバン山)の麓から、更に南下すると、海岸沿いに大きな保養所があり、その隣にあるコジャレた2階建の真っ白な建物が、アボジ(親父)の所有する別荘だ。



目の前には、真っ白な砂浜が一面に拡がりって言いたいが、既に10時前だから真っ暗で、灯台の灯りしか見えない。



別荘のポーチの辺りだけが微かに灯りが点されており、後は隣の保養所の夜間照明だけだ。



車はゲートをくぐり、ここから先は個人の私有地となるので、一般の人達は入って来られない様に設計されている。



もし、ビーチに来たければ、こっそりとボートで海から来なければいけない。



ビーチの南端も北端も切り立った崖と岩場なので、海岸線に沿って遣ってくるなんて事も出来ないようになっているのだ。



アボジ(親父)は、いったい幾ら払ってこの場所を手に入れたんだろうか!?



そんな事を考えている内に、別荘の前まで遣ってきた。ガレージと建物が一体型なので、車を降りたらそこが玄関だ。



これなら、雨の日でも濡れずに車に乗り降り出来る。



萬秀(マンス)オジサンが懐から鍵の束を取り出し、セキュリティを解錠した。



ドアの横に設置されているボックスのタッチパネルを操作して暗証番号を入力して指紋認証をすると、ドアがカチャリと小さな音と共に解錠した。



俺は、指紋を登録しているがソナは初めてここへ来たので、ソナの指紋を登録して暗証番号を教えておいた。



建物の中は、丁度良い感じの涼しさに調整されていた。



車から降りた瞬間、モワッとした生暖かい夜風のせいで、瞬間肌がジトッと汗ばんだ感じがしたが、建物の中に入ったとたんにす~っとそれが引っ込んでいく。



『食事は成なされましたか?』



「飛行機に乗る前に食べましたので、大丈夫ですよね、オッパ!?」



「そうだな。

そんなに腹も減ってないし、コーヒーだけ頂けますか?

それ飲んだら、今日はもうシャワー浴びて寝ますので。」



『了解しましたチャンス坊っちゃん。

それでは、お部屋の方へお持ちいたします。』



「それから、明日は朝9時に起こしてください。」



『かしこまりました。』



と言うと、カウンターキッチンの中に入っていき、ドリップ用のペーパーをセットして、口の細長いケトルにアルカリイオン水を入れて火に掛けた。



コーヒー豆の入ったビンが並ぶ戸棚から、チャンス坊っちゃんの最近のお気に入りのコロンビア産の最高級豆を取り出して、手動式のコーヒーミルにきっちりキャップ3杯入れて、ハンドルをガリガリと小気味良い音をたてながら回して、コーヒー豆を挽く。



コーヒーミルの下に有る小さな引き出しから、挽き終えて粉に成ったものをドリップ用のペーパーの中に移し終えた頃、絶妙のタイミングでケトルのお湯が沸いた。



ガステーブルの炎を蛍火まで小さくして、ケトルを手にしフィルターの真ん中辺りに、糸の様に細くゆっくりとお湯を注いでいき、フィルターの半分くらいの高さまでお湯が溜まると、ケトルをガステーブルに戻した。



2分程して、お湯がほぼ落ちきる手前で、もう一度お湯を、今度も糸の様に細くゆっくりとではあるが、コイルのようにクルクルと円を描きならペーパーフィルターに沿ってケトルのお湯の残りが3分の1になるまで注いだ後、ケトルをガステーブルに戻した。



先程と同様、フィルター内のお湯が無くなるかならないかで、今度は少し早く渦巻き状に段々小さくしてお湯を注いでいき、全ての工程が終了する。



リビングいっぱいにコーヒーの香りが拡がっていった。



萬秀(マンス)は、満足した面持ちでカップウォーマーから温められたコーヒーカップを二つ取り出し、おぼんの上にセットされているソーサの上に乗せていき、ゆっくりとコーヒーを注いでいく。



ソナ様の為に、ブラウンシュガーとコーヒーフレッシュを添えて冷めない内にと、軽快な足どりで階段を上がって行き、チャンス坊っちゃん達の居るチャンス坊っちゃん専用の寝室のドアをノックした。



コン コン



「はい、どうぞ!」



『コーヒーをお持ちしました。』



「有り難うございます、萬秀(マンス)オジサン。

どうぞ中へ!」



『それでは失礼して!』



と言いながら、スムーズな動きで中へ入り、窓の傍に置かれてある丸テーブルの上におぼんを置き、それでは!と言いながら軽くお洒落な御辞儀をしながら、スーぅと部屋から出ていき、今一度御辞儀をしながら、ごゆっくりお休みください!と言いながら扉を静かに閉めていった。



「スッゴイ!

初めて本物の執事を見たよ!」



「萬秀(マンス)オジサンは、執事の中でもトップクラスの人なんだよ。

アボジ(親父)が初めてマンスオジサンと出会った頃は、まだ俺が5才の時だったんだ。


マンスオジサンも、まだその時は黒髪が沢山有ったし、年も45~6才だったと思うよ。

その時既にマンスオジサンは、執事協会の中でもナンバーワンの執事だったんだぜ。

それをアボジ(親父)が、自分の処の専用執事にと引き抜いたんだ。」