「これより、患者高山賢治氏の胃ガンによる胃の全嫡手術をおこないます。
胃全摘後の再建術式はRoux-Y法をおこないます。
それでは、皆さん宜しくお願いします!」
瀬戸外科部長による執刀が始まった。
麻酔科のドクター稲本が、麻酔液のチューブをあけ、ゆっくりとカウントが始まった。
10迄数えられない内に、意識は混濁していき、そして深い眠りについた。
瀬戸外科部長は、高山氏を開腹した途端に嫌な物でも見たときの様に顔を歪ませた。
高山氏の状態は、癌の浸潤が直接他臓器まで及ぶもの (T4b Sl)で、 領域リンパ節の転移個数が7個以上確認されて(N3)、領域以外のリンパ節にも転移していた( M1)ので、このクランケ(患者)の胃ガンのレベルは、8段階に分けた中で最悪のレベルの( IV期)と判断されたのだ。
この場合、5年後の生存率は7.2%程度しかなく、その上リンパ節は手がつけられない状態迄進行していたのであった。
当初の予想では、IIIA期には至って無いと踏んでいたのである。
前回の検査結果を見た段階では、悪くてもIIB期止まりだと思っていた瀬戸外科部長は、スタッフに向かって一礼して、
「今回の手術、開腹のみとさせて貰い、ただちに閉腹し、クランケの体力維持を優先、この後内科のドクターとセカンドオピニオンとして化学療法にての内科治療も視野に入れて、この先の進行状態の観察と治療に取り組みましょう。
それでは、お疲れ様です。」
と言って、外科主任の山下に閉腹縫合を任せ、瀬戸外科部長は手術室をあとにした。
予め瀬戸外科部長のビジョンを見ていた俺には分かっていた。
アボジ(親父)の癌の進行が、予想以上に早く、摘出手術がされないことを。
案の定、【手術中】のランプが点灯して30分もしない内に瀬戸外科部長が出てきた。
ドクター瀬戸は、俺の顔を見た瞬間、悲痛な面持ちで立ち止まって一礼したのち、エレベーターに乗って8階の自分の部屋に戻っていった。
その後、10分程してアボジがストレッチャーに乗って麻酔から覚めていない状態のまま、ゆっくりと病室に戻っていった。
その後を追うように、俺はストレッチャーの後ろをゆっくりと歩いて付いていった。
臨床工学士のスタッフが数名、アボジの体に生命維持装置を繋いでいった。
2時間以上アボジ(親父)は寝たままで、アボジの体に繋がっている生命維持装置の音だけが、機械的なリズムを刻んでいる。



