俺達が卒業論文で苦しんでいた頃、映画村では大事件が起きていた。


8月も終わりに近づいた、まだ日差しがきつい夕方、 新ドラマ(尾張の虎)に山崎幸次郎は主役の織田信秀役での出演が決まり、撮影所で監督と打ち合わせをしていた。


彼は、現在30才。


油の乗った中堅俳優のトップを走っている新星MUSICの期待の星である。


斎藤道三役のジェームス事務所の市村巧己(いちむらたくみ)と、助監督を交えて殺陣の組み立てに専念していた。


ドライが終わり、いよいよカメリハ(カメラリハーサル)に入り、他の共演者やエキストラを交えての戦場シーンの撮影が始まった。


城内に入って来た刺客を返り討ちにしているとき、いきなり天井から照明機材が落下してきた。


市村巧己をとっさに庇った山崎幸次郎の左肩の上に、30kg以上もある鉄の塊が直撃して、ザックリ切れた肩口から大量の血が溢れて、反動で倒れた時に後頭部を強打して仕舞い、そのまま意識不明の状態で病院に搬送されていった。


その日のニュースでは、


山崎幸次郎 撮影中に大怪我

撮影所の照明機材が落下

事件の可能性有り

照明機材に細工

怨恨の線でも捜査


と、各局とも大騒ぎで報道している。


翌日も意識不明のままの山崎幸次郎は、集中治療室(ICU)で機械に繋がれたままになっていた。


そして、集中治療室のドアの横にあるベンチシートでは、同級生で幼なじみのイクチャンこと木村郁美アナが、項垂れる様に座っている。


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《郁美アナ》


お昼の情報番組を終え、現在時刻は午後4時を少し回ったところ。


今日は、もう仕事は入っていないので、星川部長や水原チーフに挨拶をしてスタジオから出た。


アナウンス部に戻ると、中山美姫アナウンサーが、新人アナウンサー3人にアナ原(アナウンサー用の原稿)読みの練習に付き合っていた、


初々しい彼等が、丁寧に挨拶しているのに対して、笑顔で答えながらアナウンス部室を後にした。


健康の為にエレベーターは使わず、いつも階段を降りる。


1階のロビーに着くと、そこには50インチのテレビが幾つも壁に掛けられており、その中の1つのテレビではニュースが放送されている。


音量はカットされているが、観れば一目瞭然。


画面の右上には、


『俳優の山崎幸次郎 撮影中に大怪我』


の文字がかかれてあった。


それを見た瞬間、クラッと目眩を感じて思わずしゃがみこんでしまった。


「木村アナ、大丈夫ですか?」


顔をあげると、そこには営業から帰って来たビジネススーツをビシッと着こなした営業課長の武山さんが居た。


武山営業課長は、大学の先輩で山崎幸次郎の入っていた剣道部の先輩でもあった。


『先輩!

山崎君が‥‥‥‥‥‥』


「あぁ、俺も今知ったところだ!

東京医大病院に搬送されたそうだ。」


『東京医大病院に。

分かりました。

ありがとうございます。

今から行って来ます。』


心臓がドキドキいうのをこらえて、表まで出て、タクシーに飛び乗った。


病院に着いても、集中治療室の中に入ることは許されず、近くに行って手を握ってあげることも出来ない事が悔しかった。


翌日も、出社前に病院に寄ったが、まだ意識は戻っておらず、完全に面会謝絶の状態であった。


しばらくベンチシートに座って、彼の無事を祈ってから、ようやく立ち上がりフラフラと会社に向かって歩きだした。