鶴海秀夫の家は、下北沢駅から徒歩10分のところに在る小綺麗なマンションの2階である。


鶴海は、今日もライブの為に昼過ぎから出掛けていることはわかっている。


俺は、階段で2階に上がり202号室と書かれてあるドアの前にやって来た。


躊躇すること無くインターホンのボタンを押して、中の様子に耳を傾けた。


パタパタとスリッパの音がして、中から20代前半の可愛い女性が現れた。


鶴海のビジョンに現れた女性である。


分かってはいたが、


「すみません。

鶴海秀夫さんは、いらっしゃいますか?」


と訪ねてみた。


彼女は、A4 サイズのスケッチブックにマジックで


『兄は、出掛けております。

どちら様ですか?』


と、サラサラっと書いて、こちらに向けた。


そのスケッチブックの文字を見て、悟ってしまった。


彼女は、なんと鶴海秀夫の妹だった。


我ながら、情けない凡ミスである。


俺は、一応正直に名乗り、仕事の打ち合わせで来たと誤魔化しておいた。


どのみち、この記憶は後で消さして貰うんだけど、話をスムーズに進める為である。


「メールで兄と連絡取りましょうか?」


とスケッチブックに書いた文字をこちらに見せてきた。


俺は、考えるふりをしながら彼女のビジョンを見てみた。


そしたら、彼女は両親の事故のショックから失語症になっていた事が分かった。


病気で失語症になってしまった訳じゃ無く、心意性の失語症なので、何かのきっかけが有れば話せる様になると心療内科のドクターが話しているビジョンを見た俺は、


「スケッチブックを貸して下さい。」


とお願いした。


彼女はニッコリと微笑みながら、スケッチブックをこちらに差し出してきた。


俺はスケッチブックを受け取るふりをしながら、彼女の手に触れ、そして彼女の頭の中に直接話しかけた。


『今から俺のすることに抵抗しないで、リラックスして下さい。』と。


そうしたら彼女の手からスケッチブックが落ちていき、そしてジッと俺の顔を見たまま、微笑んでいる。


それを確認した俺は、彼女の両手を握り、今一度彼女の頭の中に


「あなたの嫌な思い出は、過ぎ去った過去の出来事!

辛い気持ちも癒えて、今は素直に受け止められるはず!

幼なかった時の恐怖は乗り越えられたよ。

閉ざした心を開いて、今から貴方は新しい人生を歩んで行きなさい。

さぁ、今から貴方は自由に話が出来ます。

勇気を出して声を出して! 」


と力を全て開放した状態で彼女の頭の中へパワーを送ってみた。


そうしたら、しばらくして微かに彼女の口が動き、次第に大きく口を開いて、


『あ....ありがとう....ござい...ます。』



と、微笑みながらお礼を言ってきた、


俺は、


「もう大丈夫ですね!

もうすぐあなたのお兄さんは結婚するんだから、あなたも幸せを掴んで下さいね!」


と言ってニッコリ笑った。