「あ、や、いいよ。病み上がりだろう?」
「平気。もう治った」
一階のキッチンに向かおうと、部屋のドアを開ける。
と、
「あっ…」
「うぉっ…!」
有華の体がうしろに大きくふらついた。
だが、倒れる前に進の両腕が、有華の小柄で華奢な体を抱き抱えるように支えた。食器運びくらいは手伝おうと、有華と一緒に立ち上がっていたのが幸運だった。
「あ、ご、ごめん、進。ごめん、ちょっと…立ち眩み、かな」
「あ…、その、気にするなよ。俺、ええと、俺も手伝うわ」
平静を装おうとした進の努力はまったくと言っていいほど実らなかった。
風邪のせいか、それとも進と超至近距離で触れ合ったせいか、いささか動揺した風に見えた有華の姿に、進はそれ以上に動揺していた。
「あ―、その、なんだ、降りようぜ、大崎」
振り返らないでくれ…と、進は有華の背中に向かって願った。真っ赤に火照った顔を見られたくないのが理由だった。
「…そうだね。うーん、でも、そんなに抱きつかれたままじゃ歩きにくい」
振り返らずに、有華がくすくす笑いながら言った。
「わ!ご、ごめん」
弾かれたように進は両腕を有華の体からぱっと離した。
有華がこちらを振り返らなかったのはなぜだろうか。
恥じらいで頬を赤く染めた有華の姿。
そんな様子を妄想した自分自身を激しく責めながら、進は有華のあとに続いてそそくさと階段を降りた。

