スマイリー

明日の土曜補習は、数学1時間に、自習が2時間。数学は得意だから、帰りが遅くなってもなんら問題はない。



ただ、もともと藍と数学を両天秤にかけることに意味はない。もしも数学のかわりが国語や歴史、それどころかたとえあの松野が受け持つ英語が相手だとしてもその天秤はずっしりと藍の方に傾くだろう。



相手になるのはせいぜい全国模試だとか、引退していなければ部活の試合あたりか。有華とのデートだったらもしかしたらそっちに傾くかも、なんて栓のないことばかり考えているうちに体は冷えて、大きなくしゃみがひとつ出た。



「あら、風邪ひいたんじゃないの?それか誰かが噂してるとか」



「前者かも。そういえば今夜マイナス5℃くらいまで下がるらしいですよ」



「どおりで寒いわけだ」



そう言うと藍は、少し進の方に体をくっつけた。もともと肩が触る程近くに座っていたから、ほとんど身を寄せ合う形になる。



「え、は、藍さん?」



「風邪かもしれないんでしょ?寒いんでしょ?いいじゃん、今さら恥ずかしがるの?」



横を向くとほんの数センチの距離に藍の顔がある。その顔がにぃっと意地悪そうな笑みを見せると、不可抗力的に進の顔の温度は上がる。温度差で湯気が出てもおかしくない、そう思ったくらい進の顔は熱かった。



「ちょ、ちょっと、いいんですか?彼氏いるんでしょ」



焦ったせいで思わず口を突いて出た言葉に、藍の笑顔が一瞬強ばった。



「うわー。進ってば。今その話する?」



と、近づいたままの笑顔が不満気な表情に早変わりしたと同時に、藍のとんがった口からは文句がこぼれた。



「そういうとこよね。あんた。知らないところで誰かを傷つけるタイプよ」



「え、あの、藍さん?」



まだ意味が分かっていそうにない進に、藍はほとんど怒った口調になり、



「もう。あたし別れたのよ、彼氏と」



進と目を合わせるのをやめて、不機嫌そうな顔で真っ暗な空に向かってきっぱりと言い切った。



進の混乱しかかった思考回路はやはり停止して、進は呆然と藍の整った横顔をただ眺めるだけだった。